先週の金曜日に、越野から告白された。
風が少し冷たい日にも関わらず、湯気が出てしまうのではないだろうかと思うほど真っ赤な顔をした彼の姿を、私はこの先ずっと忘れることはないと思う。熱を帯びた彼の目を見て、私は笑顔で大きく頷いた。
その日は胸がいっぱいで夕食が喉を通らなかったし、布団に入ってからもずっと心がふわふわしていて、天にも昇る心地ってきっとこういうことを言うのだろうと思った。 次に会うときはどんな表情をしてくれるだろう、とそればかり考えてわくわくした。早く会いたい。月曜日が待ち遠しい。休日がこんなに長く感じられたのは、初めてだった。
そして迎えた月曜日。やっと会えた、とうれしく思ったのは私だけなのだろうか。越野の様子がどうもおかしい。
朝練が終わった後「おはよう」と声をかけたら、驚いた顔をしてからすぐに目を逸らして「おう」とだけ返ってきた。
話題を振っても、ぶっきらぼうな返事ばかりでこちらを見てくれない。私は越野の目を見ようとしているのに、足元を見たり、そっぽを向いたり。挙句、通りかかった植草くんを捕まえて、なぜか三人で会話をすることになった。
その後も、廊下で会ってもそっけない態度を取られ、お昼を一緒に食べようと越野のクラスを訪ねても姿が見えない。
私のこと好きって言ったよね? 私は越野の恋人になったんだよね? とクエスチョンマークが頭の中を埋め尽くす。結局何もわからないまま、あっという間に放課後を迎えた。
「ねえ仙道、私、越野に避けられてる」
終礼の後、私はすぐ後ろの席を振り返った。目を丸くした仙道が「なんで」と返す。
「わかんない。こっちが聞きたいよ」
「やっとくっついたのにな。土曜の部活、その話で持ちきりだったぜ」
「好きって言われたの、夢だったのかな」
夢かと思うくらい幸せな出来事が、実は本当に夢でした、なんてそんなひどいことある?
「仙道、私のほっぺつねって」
「勝手に触ったら越野に怒られちまう」
「いいから」
仙道は紙パックのジュースを飲みながら、もう片方の手で私の左頬をむに、と軽くつまんだ。痛みはないけれど、じわりと違和感を感じる。
「夢だったらさすがにもう覚めてるだろ」
へらへらと笑う仙道に、「こっちは真剣なの」と唇を尖らせる。仙道は「わりぃ」とゆるい謝罪をすると、廊下に視線を向けた。
「お、越野だ」
「え?」
つられて廊下を見ると、ちょうど話の種となっていた人物が現れた。越野のクラスから部室へ向かうには、私たちのクラスの前を通過しなければならない。越野は通りすがりに一瞬、横目でちらりと教室の中を見たかと思うと、ハッとした表情をして、教室へずかずかと入ってきた。
「よう、越野」
何から言おう、と私が迷っている間に、仙道が口を開く。
越野は無言のまま、一つの机を挟んで向かい合っている私と仙道の間に立つと、両手で強く机を叩いた。バンッと大きな音が響き、教室に残っていた数名がこちらを振り返った。
「近い」
眉を寄せた越野が私を見た。不機嫌です、と顔に書いてある。あ、でも今日初めて目が合った。安心からかうれしさからか、思わず口元が緩む。
「何笑ってんだよ」
「ごめん」
「お前もだ仙道!」
「わりぃ越野、やきもち焼かせた」
「うるせー!」
逃げる様子がない越野を見て、今だ、と思った。金曜に続き、今にもぽっぽと湯気が出そうな彼の制服の裾をぐい、と引っ張る。
「な、何だよ」
「今日一緒に帰ろ。部活終わるまで待ってるから」
「……あー、今日は遅くなる、から、帰れ」
「いい。待ってる」
と私が強めの口調で言えば、
「いーじゃん一緒に帰れば」
と仙道が相変わらずゆるい口調で口を挟んだ。
「仙道は黙ってろ。つか、部活遅れる」
越野は「今日は逃さねーからな」と仙道を捕まえると、私に「明るいうちに帰れよ」と念押しした。
私だって今日は越野を逃すわけにはいかない。絶対に一人では帰らないから。口には出さず「部活頑張ってね」とだけ言って、二人の背中を見送った。
教室に残っていたクラスメイトとおしゃべりして、今日の宿題を終わらせる。それでも時間は余って、体育館の窓からこっそりバスケ部の練習を覗いた。
厳しい練習に集中しているからか、誰もこちらに視線を向けない。ただ一人、私に気がついた仙道が小さく手を振った。
茜色の空がだんだんと藍色に覆われていく中、部活に所属している生徒たちが続々と帰っていく。バスケ部の部員も、ちらほらと部室に姿を現し始めた。
空が完全に暗くなってから現れたお目当ての彼は、部室の前に立つ私を見つけると、ぎょっとして立ち止まった。
「本当に待ってたのかよ……」
「言ったじゃん」
バスケ部の面々が好奇の眼差しを向けながら横を通る。越野は「見るな!」と一喝すると、眉を寄せて大きくため息をついた。
「帰れって言っただろ」
「なんで私のこと避けるの」
越野の言葉を無視して、直球に問う。ここで逃げられたらたまったもんじゃない。
「私のこと好きって言ってくれたじゃん。あれ嘘?」
「……んなわけねーだろ」
「じゃあ何で避けるの。私は越野から好きって言ってもらえて、夢かと思うくらいうれしかったのに」
拗ねるようにじっと睨むと、越野の顔がじわじわと赤く染まっていく。
「越野に避けられて悲しいの」
ともう一押しすれば、越野は観念したように口を開いた。
「……好きって口に出したら、余計意識しちまって」
「うん」
「考えれば考えるほど、どう接したらいいのかわからなくなっちまって、その、変な態度取った。……わりぃ」
「うん、いいよ」
「ミョウジがやっとオレの、か、彼女に、なったんだって思ったら」
「んふふ」
「笑うな」
「ごめん」
「ずっと気持ちが落ち着かねえし、夜もミョウジのこと考えちまうし」
「夜も? 越野のえっち」
「あ?! ちげーよ! あーもう、こっち見んな」
越野は視線を逸らすと、首にかけていたタオルで雑に汗を拭った。
私は今の言葉に頬が緩みっぱなし。照れたり怒ったり、忙しいなあ越野は。
「そんなに私のこと好きなんだ」
そっぽを向く越野の頬を両手で挟み、ぐいっとこちらへ引く。温かい肌がしっとりと手に吸い付く感覚に、愛おしい気持ちが込み上げた。
「ちょ、汗かいてるから触んな」
「ねえ、もう一回告白してよ」
「なんで」
「好きって聞きたいだけ。私は越野のことが好きだよ。大好き」
越野は「う」と目を泳がせると、
「……好きだよ」
と目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに言い放った。
まだ照れるのか。仕方ないなあと笑ってしまうけれど、散々お預けを食らわされた私はそれでは満足できない。
「やり直し。今日のこと悪いと思ってるなら、ちゃんとこっち見て言って」
頬を両手で挟んだまま、もう一歩近づく。
「だー! もう!」
両肩をぎゅうと掴まれ、金曜日のあのとき以上に熱を持った視線に捉えられる。
「好きだ!」
大きな声で渾身の力を込めた告白を受けた。
彼の瞳に映った私は、とてつもなく締まりのない顔をしていたに違いない。
「ふふ、私も好き!」
「ちゅーする?」と聞くと、越野は「まだ早えーよ!」と私の手を振り払って後退りをした。
「じゃあ、手繋いで帰りたい」
「……おう」
「やったー」
「家まで送ってくから待ってろ」
居た堪れなくなったのか、越野は早口で私に待つように告げると、慌てて部室へ入っていった。
その数秒後、部室が騒がしくなり、越野の怒鳴り声が響いた。どうやら先ほどの告白が丸聞こえだったらしい。
一足先に出てきた仙道が「やるなー越野」と楽しそうに笑う。
「あれは相当、ミョウジのこと好きだぜ」
「知ってる」
あんなに真っ赤で一生懸命な顔、きっと私しか知らない。そう思うと、金曜日に告白された時と同じような感情がもう一度込み上げてくる。
「おいコラ仙道!」
急いで着替えたのか、くしゃくしゃの髪のまま出てきた越野が「手ぇ出すな」と仙道に噛み付き、私の手を引く。
仙道は「番犬みてーだな」と笑い、「仲良く帰れよ」とひらひら手を振った。
「うれしいな」
「何がだよ」
「越野から手繋いでくれた」
「あー……うん」
「夢じゃない?」
「夢じゃねー」
越野はそっぽを向くと、私の手をぐいと引っ張って歩き出した。
照れ屋な彼が、これからどのような表情を見せてくれるのか、楽しみでたまらない。
「家に着くまで離さないでね」
と言うと、私の手の甲に触れている指が微かに動き、
「あたりめーだ」
と小さな返事が返ってきた。
夢の先へ