ぱちっ
 
「いっ」

 小さな衝撃に、どちらからともなく顔を離す。唇がほんの少しだけ、触れ合った瞬間のことだった。
 
「……静電気、ごめん、痛かったね」
「いや、オレも」
 
 悪いのはオレでもミョウジでもない。それなのに互いに謝って、なんとなく、もう一段階距離を取る。沈黙が気まずい。
 
 ミョウジは、オレのはじめての彼女。ミョウジも、たぶん、オレがはじめての彼氏。
 はじめてのデートの帰り道で、熱に浮かされたまま、冬だというのに海へ行った。辺りが薄暗くなって互いの口数も減った頃、そういう雰囲気になった。いや、そういう雰囲気を期待して、海に来たと言うほうが正しいのかもしれない。

 そんなに乾燥してたか、と自分の唇に触れる。
 ミョウジが目を閉じたから、オレから顔を近づけて、なのに、何だよこれ。カッコつかねー。

 びゅうっと強い風が吹いた。昼間より随分と風が冷たい。良いタイミングだと感謝して、口を開く。

「さみぃ、帰ろーぜ」
「え、もう一回しないの」

 マジかよ。そんな言葉が出るとは思わなかった。こいつはムードってもんを知らねーのか。

「もうそんな雰囲気じゃねーだろ」
「なにそれ」
「女子って気にするだろ、そういうの」
「そんなのどうでもいい。越野くんは私とキスしたくないの?」
「なっ、してーに決まってるだろ!」
 
 つい声を張ってしまった。しかも勢いで馬鹿正直に答えちまった。顔が熱い。くそ、今のオレ、めちゃくちゃカッコ悪い。

「じゃあしようよ!」
「そういうこと大声で言うな!」
「先に大きな声出したのは越野くんでしょ!」
「だー!もう!」
 
 冬の海辺はめちゃくちゃ寒くて風も冷たいのに、顔だけ火照ってどうしようもない。それは目の前の彼女も同じようだった。互いに真っ赤な顔で睨み合って、もう一度距離を詰める。

「越野くんの意気地なし」
「うるせーよ」
 
 次は絶対に失敗するもんか。
 しっかりと両肩を掴み、噛み付くようにキスをする。風がもう一度吹いて、潮の匂いが鼻を掠めた。