※下品なネタです。性的な内容を連想させる表現を含みますが、行為の描写は一切ありません。
「知ってるか赤木、笑い声ってアレのときの声の高さと同じらしいぜ」
下級生の紅白戦の最中のことだった。隣に立った三井は、オレを見てニヤニヤと笑っている。反対側からは、「お、おい三井! 何言ってるんだ!」と木暮の慌てた声が聞こえた。
「アレとはなんだ」
「んだよ、アレしかねーだろ」
三井が呆れたような目つきで「ん」と顎をしゃくる。その方向を追うと、部活を観に来ているミョウジの姿があった。
ミョウジはオレと目が合うとは思っていなかったのか、少し目を見開いた後、笑いながら控えめに手を振った。
「その様子じゃ、まだ手ぇ出してねーな」
「な、」
「おめーだって、そういうことしたくねーわけじゃねーだろ?」
……おい待て。アレのときの声とは、つまり。まさか。
言葉を失ったオレを見て、三井が再度締まりのない表情を見せた。「三井、部活中だぞ」と木暮が嗜める。
「やっとわかったか。アレだよアレ」
一気に頭へ血がのぼる感覚に襲われた。自分の恋人が他の男から不埒な目で見られたからか、見ないようにしていたミョウジへの感情を暴かれたからか、三井が部活に集中していないことに単に腹が立ったのか。
気がつけば、三井の脳天に拳を一発食らわせていた。
「いってえ!」
「ふざけたことを……!」
頭を押さえながら「んだよ、せっかく教えてやったのによ」と、ぶつくさ言う三井に、「たわけが!」と声を張り上げる。
響いた声に体育館が静まり返り、部員の視線が一気に集まった。皆、何が起こったのかと目を丸くしている。その様子に、しまった、この状況をどう弁解するんだ、と頭が真っ白になった。
「悪い、続けてくれ」
固まるオレの隣で、木暮が咄嗟にフォローに入る。
集まっていた視線が散り散りになり、ボールとバッシュの音が再び鳴り始めた。
「木暮、その、すまない」
「いいんだ、気にするな」
木暮は「部活に集中しろよ」と、オレの代わりに三井の肩を叩いた。
気持ちを切り替えようと大きく息を吐く。今は部活中だ。
しかし、無意識のうちに、体育館の入り口へ視線を向けてしまった。ミョウジは、「がんばれ」と声は出さずに、口だけを大きく動かした。この状況でどう反応するべきかわからず、すぐに目を逸らす。
「赤木も集中してねーじゃねーか」と三井の小さな声が聞こえた。もう一度拳を握ると、木暮が慌てて止めに入った。
その日の帰り道、ミョウジは今日学校であった出来事を楽しそうに話していた。
ミョウジはよく笑う。何がそんなにおもしろいのかと聞きたくなるほど。「赤木くんと一緒にいるから楽しいんだよ」と言うミョウジには心惹かれるが、今日は正直それどころではない。くそ、三井め。
「体育の授業でね、おもしろいことがあったの」
にこにことオレを見上げるミョウジ。「おもしろいこと」という単語に、思わず身構える。
オレたちはまだ高校生だ。俗で不埒なことに現を抜かすなど、そのようなことは……。
「赤木くん?」
返事をしないオレを上目遣いで見て、ミョウジが首をかしげる。
……そのようなことは、あってはならない。断じてならない。揺らいだ気持ちに強く言い聞かせる。
「前を見て歩け。転ぶぞ」
オレを見上げる視線に耐えられず、前を見るよう促す。ミョウジは、「転びそうになったら赤木くんが支えてくれるでしょ?」と言って、話を続けた。
すまないが、今日は全く話に集中できない。相槌を打ってやることもままならなかった。
「あの先生、本当におもしろいよねえ。思い出しただけなのに笑っちゃう」
上の空で耳だけを傾けていると、ふいにミョウジが短い笑い声をあげた。
ミョウジが話している内容は全く頭に入ってこなかったが、笑い声には即座に全身が反応した。
くそ、こんなつもりでは。
「赤木くん、どうしたの? 体調悪い?」
いつもと様子が違うことに気がついたのが、ミョウジが足を止め、オレの顔を覗き込む。
それとほぼ同時に、オレは両手で自分の頬を叩いた。バチンと大きな音が響き、ミョウジが目を見開いた。
「え?! な、何? どうしたの?」
困惑したミョウジが、オレの腕を掴んだ。
オレたちはまだ手を繋いだこともなかった。初めて知るミョウジの体温に、過剰に反応してしまう。ああもう、これ以上はやめてくれ。
「すまん。なんでもない」
「そんなわけないよ。ほっぺ赤くなってる」
頬がジンジンと熱を持つ理由は、叩いたせいか、それとも動揺のせいか。このような姿をミョウジに見せてしまうとは、情けない。
なんとか気持ちを落ち着かせようと、深い呼吸を繰り返す。その間も、ミョウジはオレの腕を掴んだまま、心配するような目を向けていた。
「……いいから、忘れてくれ」
「……うん」
ミョウジは納得していないようだったが、それ以上何も言うことなく、オレから手を離した。離れていく体温。安堵するとともに、心の隅で名残惜しく感じてしまった自分を、もう一度叩きたくなった。
「ほっぺ、痛かったら言ってね?」
ミョウジが心配をしてくれているにも関わらず、さっきの笑い声が耳の底にこびりついて離れない。
その日の帰り道は、一切ミョウジの目を見ることができなかった。
たぶん、知りたくなかった