想いが通じ合ってから数週間が経つ。健司は、私と恋人同士になってからもバスケが第一だった。私はそんな彼に惹かれていたから、優先順位に関しては承知の上。気になっていたのは、〝恋人〟とは名ばかりで、実際の関係性が友達とまるで変わらないことだった。健司が私に向ける表情や態度は、男友達に向けるそれと全く変わらない。
痺れを切らし、「健司は私のこと、恋人として好きなの?」と聞いたら「ああ、好きだぞ」と返ってきた。照れもせず、当然だろう、という表情で。私はわからない、この藤真健司という男が。
そんなやり取りから数日経った放課後、いつもならチャイムと同時に部活へ向かう健司が、私の席へやって来た。
「ナマエ、帰るぞ」
「え、一緒に帰れるの?!」
部活は休みで、珍しいことに今日は自主練も控えるらしい。放課後を一緒に過ごすのはこれが初めてだ。これが憧れの〝放課後デート〟ってやつ? しかも健司から声をかけてくれるなんて。
「落ち着けよ」と笑う健司を横目に、私は慌てて帰り支度を整えた。
しかし、予想通り〝恋人同士の甘い時間〟には程遠かった。学校を出て人目がなくなってからも、健司の態度は相変わらずだった。私は健司に夢を見過ぎていた、と我に返る。
「それで一志が……おい、聞いてるのか」
「うんうん、聞いてる聞いてる」
「聞いてないだろ」
健司にとっての〝恋人〟って何なのだろう。友達と何が違うのだろう。この変わらない態度が、さっぱりした性格の健司らしいといえば、そうなんだけど。それに、恋人らしいことがしたいだなんて、そんなことをわざわざ言われるのは、健司は嫌がるかもしれない。
あっという間に私の家が見える場所まで来た。家から少し離れた場所で、「ここでいいよ」と足を止める。
「送ってくれてありがとう」
「ん、また明日な」
ふたりきりの時間はもう終わり。初めての放課後デートだったのにな。少し残念な気持ちで健司の顔を見上げる。
「なんだ?」
「別に、なにも」
「言いたいことがあるなら言えよ」
「…………寂しい、とか、思ったり」
ぽつりと一言だけ呟く。目を丸くした健司を見て、「やっぱりなんでもない、今のなし」と慌てて付け足す。
健司は私の言葉を無視して、「そうか」と少し考えると、私の腰に手を回し、ぐいと引き寄せた。驚くと同時に、一瞬、額に温かく柔らかなものが触れる。あれ、これって、健司の。
「な、なにを」
「なにって。寂しいって言っただろ」
唐突に友達と恋人の境界線を軽々と越えてきた健司を前に、脳内は混線状態、体温は急上昇した。
健司は私を解放すると、「こういうことじゃないのか?」と問いかけた。
そうだよ。こういうのだよ。ずっとずっとこういうのを夢見ていたのに、いざとなると頭が働かない。こんなときってどんな反応をすればいいんだっけ。突然のことに頭が回らず、ただただ、健司の胸元辺りを見つめることしかできない。
「おい、なんて顔してるんだよ」
健司の大きな両手が、ゆでだこになって固まる私の頬を挟む。至近距離で視線がぶつかった。
……あれ、健司ってこんなに優しい顔もできるの。
「健司、私のこと好き?」
「しょっちゅう聞いてくるんだな」
「聞きたいの」
「好きだよ」
ずるい。そんな優しい声も、はじめて聞いた。
「……さっきの、もう一回して」
感情が溢れて、言葉が自然と口から出てくる。
「外だってわかってんのか?」
優しく目尻を下げた健司の顔が、さっきよりも低い位置で近づく。
待って、確かにもう一回してって言ったけど、それは。
言葉を出すよりも前に、唇が重なる。現実の恋人は、夢の中で見た恋人よりもずっと甘く、刺激的だった。
ボーダーライン