※性的な内容を連想させる描写をほんのり含みます。
※性的合意が曖昧な描写を含みますが、容認・推奨する意図は一切ございません。
浮いた話などオレには全く無縁だと思っていた。今までもこれからも。中学の卒業式だって、最後に校門をくぐるまでボタンは全て残っていた。帰り道で「私が第二ボタンもらってあげる」と言った幼なじみのナマエの笑顔はよく覚えている。
しかし、高校に入ってから環境が一変した。ここのバスケ部は目立つからだろうか。頻繁ではないが声をかけられるようになり、手紙を貰うこともあった。直接渡されたり、下駄箱に入っていたり。ナマエを介して受け取ることもあった。
「中学のときは全くだったくせに」「なんで私が橋渡し役を」とぶつぶつ言うから、「断ればいいだろ」と言えば、「なんでただの幼なじみが断るの」とぶっきらぼうな返事が帰ってきた。
オレは、誰からの告白も受け入れるつもりはない。理由を聞かれたら困るから、言わねーけど。
何通目かの手紙を渡しに来たとき、ナマエは「今日の子、すごくかわいかった」とひどく不機嫌な顔をしていた。「それで?」と一応封筒を開きながら問う。すると、ナマエはオレの手から手紙を奪い、ぼろぼろ泣き出した。
「他の子のところにいかないで」
「宏明のことが好き」
「他の子に取られたくない」
散々感情を爆発させたあと、「ごめん、今のやっぱなし」とナマエは鼻を啜った。なに考えてんだ。流石に無理だろ。
「今まで全部断ってたし、これからも断る。だから泣くなって」
「なんで。私はただの幼なじみでしょ」
「それは」
「今日の子かわいかったよ。性格も良さそうだった」
「どうでもいい」
「気遣わないでよ。惨めになる」
「そんなんじゃねーって」
「じゃあ何」
「……オレは、ナマエが、いい、から」
「なにそれ」
「だから、ナマエのことが好きだって言ってんだよ」
「……そういうことは早く言ってよ」
「幼なじみだから、簡単に言えねえんだろ」
「さっき私が好きって言ったときに返事してくれればよかったじゃん」
「オレの話聞く余裕あったか?」
「……ほんと、遅いよ、バカ」
「どっちが」
そうして、オレたちは幼なじみからその先の関係へと足を踏み入れた。
それから数ヶ月。今、オレの部屋にナマエがいる。親も出かけて、本当に二人きり。正直気が気じゃない。朝からずっと他のことは手につかなかった。なのに、目の前のナマエはいつものようにへらへらと笑っている。
隣に座って菓子を食って、漫画を読んで。オレは横目でナマエを見ては邪心に襲われた。
しばらくして、ナマエは立ち上がって伸びをすると、改めてオレの部屋を見渡した。その姿にさえ、オレの目は釘付けになる。
「宏明の部屋、久しぶりに来たなあ」
「意外と綺麗好きだよね。性格に合わず」
「あ、ねえねえ、そういう本はどこに隠してんの?この前バスケ部で回してたみたいなやつ」
あの日、「宏明のことが好き」とびーびー泣いたのはどこのどいつだ。安心した途端、これまで通り軽口ばっか。ベッドを指して、「やっぱりこの下?」と笑う。
普段オレが使っているベッド。そのすぐ隣にナマエがいる。それだけでもオレの気持ちを昂らせるには充分で、思わず生唾を飲み込んだ。
幼なじみの頃から、何度も部屋で二人きりになったことはある。でも今はもう訳が違うだろ。こいつ、オレがわざわざ親がいない日を選んだ意味、わかってんのか。
悶々とした気持ちが限界を迎えそうだった。いや、もう迎えていたのかもしれない。
「ねえ、私の話聞いて、んむ」
肩を掴んで、勢いよく唇を奪う。バランスを崩してベッドに尻もちをついたナマエを追い、なし崩しに押し倒した。
オレのベッドで、ナマエの匂いがする。頭をくらくらさせながら唇を重ねると、ナマエはオレの服をぎゅうと掴んだ。もっと、とせがまれているような錯覚に陥り、オレは夢中で何度も角度を変えて唇を押しつけた。
「なあ、オレの部屋に来るってどういうことかわかってんのか」
浅く息をして、ナマエを見下ろす。ナマエも頬を上気させ、肩で息をしていた。
「もうただの幼なじみじゃねえんだぞ」
いつもの調子で言い返してくると思ったのに、ナマエは無言のまま目を潤ませて、ただただオレを見つめる。
バカ、こんなときだけ静かになるんじゃねーよ。
ナマエの反応を見て、水をかけられたように冷静さを取り戻した。言葉が見つからない。まして、このまま事を進めるわけにもいかない。
「……わりぃ」
目を逸らして起き上がろうとしたその時、胸ぐらを強い力で引っ張られた。オレは「うお」と情けない声を上げて、再びナマエの顔の両横に腕をついた。
「……わかってる」
「は?」
「わかってるよ!ちゃんと考えてる!宏明が意識しすぎなんだよ!今日全然しゃべってくれないし!だったら、私がいつも通りにしてなきゃ」
「そうしなきゃ、耐えられない、こんなの」と、だんだん声が震えて小さくなる。
「私だって、めちゃくちゃ緊張してた、ずっと」
「……泣くなよ」
「ここは、ごめん、でしょ」
ナマエが涙目でオレを睨む。ほんと、泣き虫。思わず「かわいい」と思ってしまった自分を脳内で殴った。オレのせいで泣かせて、泣き顔見て興奮するとか、どうかしてる。
すん、と鼻を鳴らすナマエの涙を拭って、謝罪の代わりに涙の跡に唇を落とせば、また静かになってオレを見つめる。頭を撫でてやったら「不器用なくせにそんなことできるんだ」と軽口を叩いたから、痛くない程度にデコピンをお見舞いした。
「続き、しないの」
「泣いてるやつ相手にできるか」
「許可なくいきなり押し倒してすごいちゅーしたくせに」
「……それは本当に悪かった」
「大丈夫だから、続き、しようよ」
小さな手がオレの頬を、すり、と優しく撫でる。心臓が、どくんと大きな音を立てた。
「宏明、好き」
沸騰した血液が、身体の中心に集まるような感覚に襲われる。身体が熱い。
オレの頬に触れていた手を取り、指を絡めて布団に縫い付ける。もう、後戻りできない気がする。
「耐えるけど、もし暴走したら殴ってでも止めろよ」
「そんなことできないよ」
「いいから」
「宏明ならなんでもいい」
「お前な」
「だって、どうせ私のこと大事にしてくれるでしょ」
「とんでもなく不器用だけど」とつけ足して、ナマエはくすぐったそうに唇を噛みながら目を逸らした。
オレは散々好き勝手した挙句泣かせたってのに、お前ってやつは、本当に。
「……後悔するなよ」
「しないよ」
こつん、と額を合わせたら、ナマエはうれしそうに目を細めた。
やっと笑った。ごめんな、もう絶対に泣かせるような真似はしねーから。
そう約束して、オレたちはベッドに深く沈み込んだ。
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