朝チュン。性的な行為を匂わせる描写がほんのりあります。
社会人でも大学生でも。越野くん一人暮らし。










「あつ……」

 目を覚ますとともに、不快な暑さが襲いかかる。
 この暑さは季節のせいか、それとも狭いベッドに大人が二人寝ているせいか。
 枕元に置いていたリモコンに手を伸ばし、冷房ボタンを押す。エアコンが動き出したのを確認した後、壁掛け時計に目をやると、短い針は9の辺りを指していた。普段より数時間の寝坊だ。

 隣では、昨日からオレの家に泊まりに来ている彼女が、すーすーと規則正しい寝息を立てている。オレの方が早く起きるのは、いつものことだ。それにしたって、ナマエがこの時間まで寝ていることも相当めずらしい。

 昨日がっつきすぎたか、と反省をしながら、腹を出して寝ているナマエのTシャツの裾を軽く引っ張る。薄い掛け布団は、夜中の暑さのせいか、二人の間でぐしゃぐしゃになっていた。それを広げて、体の上にそっとかけ直す。ナマエは身じろぎをしたが、すぐにまたおとなしくなった。

 いつもなら先にベッドから出て、朝飯を作りながらナマエが起きてくるのを待っている。のそのそと起きてきたナマエが、「今日は何作ってるの?」と寝ぼけ眼でオレの背中に抱きつき、「おはようのちゅー」とせがむから、要求通り唇を重ねる。おおよそこれがいつもの流れ。

 でも今日は、なんとなく先に起きる気分になれず、隣の寝顔をじっと眺めていた。久しぶりに会ったからだろうか。
 昨夜、甘い声を上げていた唇は薄く開き、涙を溜めていた瞳はおとなしく閉じられている。

(かわいい……)

 思わず頬が緩む。触れたい、と手を伸ばしたそのとき、ナマエの瞼が微かに動いた。オレは慌てて、でも静かに、体を仰向けにした。「んん」とくぐもった声が聞こえ、ナマエの様子を確認するように、少しだけ顔を横に傾ける。

「……ひろ……おはよ」
「……はよ」
「……見てた?」
「何を」
「私のこと」
「見てねー」
「めずらしいね」
「見てねーつってんだろ」

 ナマエは寝起きの甘ったれた声で「ひろあき」と呼ぶと、仰向けに寝ているオレの体の上によじのぼり、うつ伏せで寝転がった。二人の体がぴったりと重なり合う。

「なんだよ」

 文句を言うように、口からついて出た言葉。しかし、その声は図らずも、普段より数段弾んでいた。それを誤魔化すように、眉をぎゅうと寄せ、唇を引き結ぶ。ナマエは不満気な表情で、オレの眉間をひとさし指でぐりぐりと押した。

「うれしいくせに」
「やめろ」

 聞いているのかいないのか、ナマエは眉間を押していた方の手でオレの左頬を撫でると、「おはようのちゅー」と、右頬に唇を落とした。
 おい、オレがいつもしてやってる「おはようのちゅー」は、そこじゃねーだろ。

「ひろあきー」
「んだよ」
「暑い?」
「暑い」
「重い?」
「ちょっとな」
「ひど」
「じゃあ聞くなよ」

 ナマエは黙ると、むう、とオレの胸の上で唇を尖らせた。何を言われても、くっついたまま降りる気はないようだ。
 くそ、かわいい。暑くてもナマエには触れていたいし、重いといっても大したことねー。
 
 上に乗っているナマエごと、ぐるりと180度回転する。途中、「きゃー、やめてー」と、くすくす笑う声が聞こえた。
 再びベッドに背を預けたナマエに覆い被さり、唇を重ねる。ナマエは、唇が離れるとすぐに「もう一回」とねだった。

「一回でいいのかよ」
「なにそれ。したいならそう言いなよ」
「うるせー」
「素直じゃない」
「悪かったな」

 とやかく言う口を塞ぐと、ナマエは待ってましたと言わんばかりにオレの頬に触れ、目を閉じた。もう一回、のはずが止まらなくなり、何度も唇を求め合う。ナマエの手がオレの背中に回り、肩甲骨の辺りを細い指が這った。

 朝っぱらから何やってんだオレたちは、と頭の隅にあった思考が溶けてなくなっていく。「ナマエ」と浅い息で名前を呼び、続きの同意を求めようとしたそのときだった。

 下の方から、ぐうう、と何かがひしゃげるような音が鳴り響く。しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはナマエだった。

「……宏明、お腹鳴ってる」
「オレじゃねーよ」

 ナマエのおでこをぺち、と軽く叩くと、それに誘発されたように「お腹空いちゃったあ」と腑抜けた声。ったく、雰囲気ぶち壊しじゃねーか。

「……先に朝飯食うか」

 ナマエは朝からよく食べる。……昨日はよく動いたから、尚更かもしれない。品数を多めに用意するか。

 そんなことを考えながら体を起こし、ベッドから降りようとナマエに背を向ける。
 寝転んだままのナマエは、オレの背中をつんつんとつつくと、

「先にって何? 朝ご飯の後は何するの?」

 と、笑いを含んだ声で言い放った。あーもう、いい加減にしろよな。

「早く起きねーと朝飯抜きにすんぞ」
「鬼!」

 未だ横になったままのナマエを置き去りにして部屋を出る。
 洗面所へ向かう途中、台所で冷蔵庫の中身を確認していると、ナマエが「起きたよ」と背中に飛びついてきた。元気な腹の音付きで。

「おはようのちゅー」
「さっき散々したろ」
「ここでするのがいつものお決まりでしょ」
「……わかったよ」

 駄々をこねるナマエに、軽く触れるだけのキスをする。満足そうに目を細めるナマエを見て、つい口元が緩んだ。本当に、世界一かわいい。

「あ、宏明うれしそう」

「見るな」と言うかわりにナマエをぎゅう、と強く抱きしめる。腕の中から、「朝ご飯にたどり着けないね」と楽しそうな声が聞こえた。

Good morning, honey