仙道くん→夢主ちゃん→越野くんのお話
越野くんは出てきません。










「彰」

 暖かい日差しの中で微睡んでいると、心地良い音が降ってきた。昔からよく知っている、オレがいちばん好きな声。落ちかけていた意識を呼び戻され、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
 
「彰、おはよう」
「よう」
「だめだよ、練習サボっちゃ」
「ナマエも来いよ、一緒に寝ようぜ」
 
 青々とした柔らかい芝生をぽんぽんと叩くと、ナマエは「何言ってるの」と唇を尖らせて、隣に座った。
 
 オレとナマエは、お互いに物心がついた頃からずっと知っている。中学二年の時、親の都合でナマエは神奈川に引っ越したが、バスケの試合を観に来てくれたり一緒に出かけたりと、関係は続いていた。
 
 中学三年のとき、オレは陵南高校のスカウトを二つ返事で引き受けた。実はナマエも、同じ高校を受験すると聞いていたから。

「彰?」
「んー」
「起きてよ」
 
 風が気持ち良い。目の前でふわふわと揺れる長い髪に手を伸ばす。どれだけ時が経っても、オレは昔と変わらず、同じ背中を見つめている。

「髪、伸びたな」
「うん、それより練習」
「つれねーの」
「試合近いんでしょ。……越野くん怒ってるよ」
「へー」
「へー、じゃない」
 
 越野の名前を出した瞬間、ナマエの視線が泳いだのを、オレは見逃さなかった。
 
 頻繁に試合を観に来ていたナマエは、自然とバスケ部の連中とも顔なじみになった。それからしばらくして、ナマエの様子が変わったことに気がついた。その視線の先に、誰がいるのかも。
 
 実際にナマエの口から気持ちを聞いたことはねーけど、すぐにわかった。オレはずっとナマエのことを見ていたから。
 
「オレのこと探してこいって、越野から頼まれた?」
「そう。ミョウジなら仙道の居場所わかるだろーって」
 
 長いまつ毛が大きな瞳に影を落とした。それを確認して、わざと「はは、さすが越野はオレたちのことよくわかってやがる」と笑えば、ナマエは微かに眉を寄せ、唇をきゅっと結んだ。

 ずりーよな、越野。オレはこんな表情させたことねーのに。

「……ほら、練習行くよ」
 
 ナマエが小さな手を差し出す。オレを探しに来たのも、差し出したこの手も、全部誰のためなんだか。目の前にいるオレのことなんて、ちっとも見てねー。

「彰、立って」
「なあ、越野のこと好きなのか?」
「え」
 
 差し出された手を掴み、直球に問う。ナマエは、目を見開いて咄嗟に手を振り解こうとしたが、抵抗むなしくオレに捕まった。

「オレは知ってたぜ」
「な、なに、急に」
「ずっとナマエのことだけ見てたから」

 まっすぐ目を見て、握った手に力を込めると、ナマエは息を呑んだ。
 
 ただの幼なじみだと思ってた奴から、いきなり困っちまうよな。
 越野は確かにいい奴だし、ナマエのことだって安心して任せられるかもしれない。でも、そう易々と渡すわけにはいかねー。
 
「彰、離して」
「だめ、離さねー」
「彰」
「越野のとこには行かせねーよ」

 ナマエの弱々しい声が、オレの胸をちくちくと刺す。
 ごめんな。でもオレは、ナマエじゃなきゃダメなんだ。これまでも、これからも。

ずっと好きだった

 オレが折れるか、ナマエが折れるか。さあ、勝負開始だ。