とある恋愛ドラマのことを、今でもよく覚えている。登場人物の二人は、どちらからともなく手を繋ぎ、唇を重ね合わせ、なめらかに心を紡いでいく。私の世界からは程遠い、現実離れしたお話。たぶん、憧れる気持ちがあったのだと思う。あの恋人たちの姿が、頭から離れなかった。
高校一年生の春、頭の中に住み着いていたあの俳優の顔は、隣の席の男の子に塗り替えられることとなる。心を紡ぐ相手が彼なら、どんなに幸せだろうと毎日考えていた。
一年後、高校二年生の春。クラスは離れたけれど、私は彼から、いつでも隣にいることができる、とっておきの理由を授けてもらった。
程遠いと思っていた世界が現実になった。甘くて刺激的で、何もかもがきらめいて見えて、まさに夢のよう。でも、現実はドラマのようにはいかない。彼の口から紡がれる甘い言葉、私に優しく触れる指先。一挙一動にいちいち心臓が飛び跳ねて、私は何をするにもままならなかった。
「全部はじめてなの」
頭でっかちな自分に耐えきれず、正直に告げた。目の前にいる彰くんが目を丸くする。
私の態度が彰くんを戸惑わせているかもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。実を言うと、男の子を下の名前で呼ぶことさえ初めてだった。
「緊張してばかりでごめんね」
「オレは気にしてねーよ」
「そういうとこ、かわいくて好きだぜ」と、大きな手でわしわしと頭を撫でられ、つい目を細めてしまう。
「彰くんがはじめての相手でうれしいよ」
そう告げると、彰くんは一瞬目を見開いた。私の頭の上に置かれていた手が、するりと肩に回る。いつになく真剣な表情をした彰くんと視線がぶつかった。
「そんなこと言われたら、もっとしたくなっちまうだろ」
「な、何を?」
「はじめてのこと」
大きな影がゆっくりと私に覆いかぶさる。
あ、この感じ、知ってるかもしれない。ドラマで見たことある。このあと、たぶん。
慌てて目をぎゅうっとつむって、背の高い彰くんが少しでも早く届くように背伸びをする。
大丈夫。心の準備はできてる。大丈夫、大丈夫。
数秒の間がとても長く感じる。予想していたことが起こらない。もしかして、私が一人で舞い上がって勘違いしちゃった、とか。
彰くんの様子を確認しようと、恐る恐る目を開く。同時に、ほんの一瞬、頬に柔らかくて生温いものが触れた。
「ん」
思わず小さな声が漏れる。すぐに身体をぐいと引き寄せられ、つま先立ちをしていた私は簡単によろけた。
「わっ」
目の前に彰くんの白いシャツ。柔軟剤だろうか、柔らかな匂いが鼻をくすぐる。少しの間を置いて、息を吐く音が頭の上から降ってきた。
「……そんな顔しなくても。取って食うような真似はしねーよ」
彰くんの体温を感じる。どくどくと早い鼓動が、私の身体を支配した。私のものなのか、私を抱き締めている彰くんのものなのかはわからない。でも、混ざり合っていたらうれしいなと思った。
「そんなに変な顔してたかな」
「んー、すげーかわいい顔してた」
彰くんは私の身体を解放すると、人差し指で私の唇に触れた。
「明日はここにするから」
触れられた箇所から、全身に熱が広がる。彰くんの宣告に、思わず息を呑んだ。
「嫌? 恥ずかしい?」
「嫌、じゃない、うれしい」
「そーか、じゃあ楽しみにしてる」
彰くんは安堵したように笑うと、ゆるりと顔を背け、さっきと同じように、ふぅと息を吐いた。
「彰くん」
「わりぃ。ちょっとだけ、こっち見ないで」
大きな手のひらが私の目を覆う。その反応に、うれしいような、くすぐったいような、幸せな気持ちが込み上げた。これまでもずっと、私だけじゃなかったのかも。
「私だけだと思ってた。こんなにドキドキしてるの」
「……そうでもねーよ」
小さな声で呟いた彰くんの表情を想像して、もう一度幸せを噛み締めた。
はじめてを君に